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大学院を辞めてニートになってからの一年を振り返る

その他

今回のお話は、私がニートを自称し、ブログを書き始めるまでのお話です。2014年の振り返りと称しつつ、実のところはただの自分語りですが、よろしければお付き合いください。

 

自分に向き合った3月

大学院を辞めた3月。私はこれからの日々をどう生きようかと悩んでいました。でも、答えは何も出てきません。だって、“どう生きたいか”が無いのですから答えなんて出るはずもないのです。

 

この時は、今のような自称ニートではなく、言葉通りのニート生活を送っていました。

 

そこで、“どう生きるか”を考える前に、“今の自分にできること”を考えました。その中で、自分がそこらの人には負けないと思い浮かんだ能力が以下の6つでした。

 

1. 人にものを教えること

2. (少なくとも主観的評価としては)論理的に物事を考えられること

3. 文章を書くのが苦でないこと

4. 院生レベルの学術的知識

5. (性的な意味ではなく)年上にモテる

6. 高い学歴がある

 

この点を踏まえて、私がパッと思い浮かんだ職業が“講師”でした。そこで、カルチャースクールで講師をするために、プレゼン資料を作り、さっそく色々なところに営業をかけに行きました。

 

その結果、私が営業をかけて契約関係を結んでくれたのはたった二社でした。何の経歴もない私のような新人を、プレゼン資料と模擬講義だけで雇ってくれるところがあっただけでもありがたいと思うべきかもしれません。

 

ただ、その二社のうち一社は経営が立ち行かず閉鎖、もう一社は経営を維持していくために料理やヨガ、お菓子教室といった“今すぐに人気の出る講師”をウリにするようになりました。

 

要は、良い意味でも悪い意味でも、私のような実績の無い初心者の手ですら欲しい場所だったということです。

 

今考えれば、スクールの講師という既存の現場に営業に行くのではなく、私の持っている知識を使った新たな販路を開拓する方法もあるでしょうし、ココナラのようなオンラインサイトを使う手もあったかもしれません。

 

当時の私の頭の中には「講師は教室で教えるもの」という思い込みがあったのでしょう。

 

私はその世界から消え去りました。これが5月のことでした。

 

講師からライター志望へ

そして、次に目をつけたのがネットのライターです。実を言えば、この試みは必ずしも失敗だったわけではありません。収入レベルで見れば、むしろ成功だったと言っていいかもしれません。

 

初めのうちは、ライターを募集しているサイトに次々とプロフィールを送ったのですが、全て落とされました。せめて、文章の審査だけでもしてくれれば可能性の“か”の字ぐらいは見えたかもしれませんが、この世界はこれまで以上に経歴重視だったのです。

 

その時にお世話になったのが、クラウドワークスでした。アウトソーシングで一からライターを募集しているサイトなら稼げるのではと考え、登録したものでした。確かにこの試みは成功し、一度は普通に暮らせるレベルの収益が得られました。

 

ライターとして稼げるようになるまでの経緯や方法は、以下の記事でも少しだけ触れています。

 

 

でも、私はこれも一か月でやめてしまいました。

 

なぜなら、この時に私がやっていたのは“知識の切り売り”だったからです。私の記事は学術的知見に基づくそれなりに専門性の高い記事で、他の人に簡単に取って代わられるものではありませんし、高単価をもらいやすいという特徴を持っていました。

 

ですが、高単価の記事だからこそ、ちょっとしたリライトなどで済むようなものではなく、記事の新規性と話題性が求められました。

 

小遣い稼ぎならまだしも、安定した収入を得るには、知識を吐き出す時間と学習する時間との釣り合いが重要です。ですが、ライティングをやっている時は、知識を新たに得る余裕などほぼありませんでした。

 

それに、社会的に話題になるようなレベルの新規な研究結果も、それほどコンスタントに、大量に現れるものではありません。このまま続けても先は見えているわけです。

 

結局、この試みは6月までのたった一か月間で終わることとなりました。

 

ですが、一方でこの経験は別の考え方を2つ、私の頭の中に生み出しました。それは以下のようなものでした。

 

1. 私の書く文章はお金になる。しかも、それなりの価値をつけてもらえる(“本当に価値があるか”は不明)

 

2. 自分の記事を他人に買ってもらうのではなく、自分のブログやサイトで売れば、蓄積型の財産に変わるのではないか

 

ブログを定期的に書き始めた6月

それから始めたのがブログです。私はまたもや完全にニートになりました。この時、ブログのタイトルには「大学院」「ニート」の2単語は必ず入れようと考えていました。今の自分を表す言葉はそれだけだと思ったからです。

 

そして、最初に付けたのが「名大院卒ニートの日記」というタイトルでした。でも、このタイトルはほんの数日でやめました。

 

無意識のうちに、自分が名古屋大というブランドにぶら下がっていることを意識させられたようで、嫌な気持ちになったからです。それから、ブログのタイトルを「大学院を出たニートが名古屋で暮らすようです」としたのです。

 

こうしてブログを始めた経緯を書くと、私がまるでブログで食べていくことを希望しているかのようですが、実のところブログでご飯を食べていくつもりは全くありません。

 

先ほども述べたように、どれだけ蓄積型のコンテンツになったとしても、私にできるのはあくまで“知識の切り売り”の延長線でしかないと考えるからです。

 

ここでブログを書き続けているのは、あくまで趣味が半分と、「人に売られるぐらいなら自分で売りたい」という半分のケチンボ精神からです。

 

そして、再び完全にニートになってからは、“現状の自分が何をできるか”だけではなく、“自分が社会的知識を得たら何ができるか”についても考えるようになり、色々なバイトにも挑戦するようになりました。

 

たとえば、「営業なんて私にはできない」と考えていましたが、クレジットカードの勧誘などは、意外と普通の人並みにはこなせることが分かりました。

 

 

他にも肉体労働の現場をいくつか体験することによって、「肉体労働は高齢化したら続けられない」「肉体労働の現場は上下関係がめんどくさそう」「ホワイトカラーの職でないとダメ」という私の偏見も払しょくされるようになりました。

 

 

日雇いバイトは様々な面で私に良い経験をもたらしてくれました。もちろん、これこそ“先が無い”ので長く続ける気はありませんが、それでも良かった経験に違いはありません。

 

こうしたバイトの体験記によって、「バイトをしていたらニートじゃないやん」と突っ込まれることも増えてきましたが、まあその辺りはご容赦下さいと言うしかありません。まだ、“普通の人”を名乗るには心の準備が整っていないのです。

 

2015年の抱負

実を言えば、2015年にやりたい事はいくつかあります。

 

ただ、その目標を今の段階で具体的な形にするのは控えておきます。私だけではなく、他の方と連携して進めていることばかりなので、迷惑をかけかねないからです。

 

ですので、1つだけ抽象的な目標を掲げておくなら、来年の目標は「2014年に学んだことを活かしきる」こと。これだけです。